子育て=親育て(半学半教)RD2994’s diary

息子へ伝えたいこと、自分に残したいことを、人生初めての日記

【RWC2019を振り返る 業務編 ~組織委員会での日々③~】

2014年10月の開催都市立候補までは、最後の最後まで、とにかく走り抜けた。興味を持ってくれた自治体と協議を重ねて行くうちに、それぞれの自治体、関係者が大きな決断でラグビーワールドカップ2019に手を挙げようとしてくれていることがしっかりと感じ取れた。妥協や都合なんて許されない空気だった。とにかく息も出来ないくらい空気が張り詰めているような毎日だった。


そんな時にこのプロジェクトを乗り切るためのチームの核が出来始めていた。頼もしい、本当に頼もしいチームが。個々で優秀であり、真面目で、自分を持っていて、人間味があって、その上でチームとしてまとまってくれる、今考えても、理想的なチームだ。


組織委員会の全力で15 立候補を獲得し、開催都市選定プロセスは進んだ。

 

主宰者からは理想は10程度と言われていた。その理由も妥当で大会運営まだ考えると納得できるものであった。でも、ここから選ぶことなんて出来ると思えなかったし、落選を告げるなんて想像しただけで身体中が痛くなった日々だった。


立候補後はたった、4か月間で選定結果を出すために、チーム一丸となって、ひたすら仕事をした。 正直、日々の記憶はない。立候補地への視察も、2週間強で全候補とのやり取りを行うなど、今考えれば、視察前の準備と視察(全国行脚)中に東京からサポートしてくれたメンバーの計画と実行は際立っていた。あれが無ければ、2015年3月2日に12開催都市が発表されることは無かったかも知れない、と思えるほどに。